「恋人はイルカ」ドルフィントレーナーにあこがれて
本書は、日本有数の巨大水族館「横浜・八景島シーパラダイス」で海獣ショートレーナーとして働く福田智美さんを長期密着取材したドキュメント書籍である。少女の頃に描いた、ドルフィントレーナーになるという夢を力強く追い続けた福田さん。現在は夢を実現させて、大勢の観客を前にした海獣ショーでいきいきと輝いている。この仕事は天職だと感じている彼女だが、海獣トレーナーは決して楽しいばかりの仕事ではない。観客には満面の笑みしか見せない福田さんにも、長い下積み期間や辛い挫折があった。数多くの水族館をプロデュースしてきた著者の中村元氏は、そんな福田さんの生活を、まるで彼女自身の日記であるかのように臨場感のある文章で書き出している。
本書の大きな見所の一つは、100点を超える美しい写真の数々だ。福田さんと彼女のパートナーたちをはじめ、水族館の海獣たちの撮り下ろし写真が格ページに添えられている。水族館の写真集としても楽しむことができるだろう。中でも素晴らしいのは、跳躍力の高い鯨類の鼻先で押してもらうことで、水深6メートルのプール底から一気に空中5メートルへ跳び上がるパフォーマンス「人間ロケット」の一瞬を撮った二枚の写真だ。一つは、真っ黒なオキゴンドウの巨体が垂直に水面を突き破り、その鼻先からいざ跳躍せんとする福田さんの写真。そしてなによりも、オキゴンドウとトレーナーの両者がまさに最も高く跳び上がった瞬間をとらえた一枚は圧巻である。
八景島シーパラダイスの海獣ショーに登場する動物は、シロイルカをはじめとする鯨類、アシカなどのヒレ脚類、そしてケープペンギンの合計8種類だ。福田さんは、「彼らは捕らえられたのではなく、彼らの素晴らしさを人々に伝えるために『選ばれた子たち』だと信じている。だから、トレーナーの価値観に動物たちを合わせようとはしない。」という。本来、動物たちは人とはまったく別の価値観を持って生きている。彼らが水族館生活を楽しんでいるのか、そしてショーを通じて人々に海獣の世界を伝えていることを理解しているのかは、結局のところ私たちには分からない。「イルカやアシカを一人前の動物として認めることができたときに、みずからもやっと一人前のトレーナーになれる」 それが福田さんの信念だ。動物たちを人間の価値観の範囲で考えるのではなく、むしろ彼らの生き方やものの考え方といった個性を、できるだけ多くの人に知ってもらいたい。そのための海獣ショーであり、そのために水族館で動物たちが生活しているのだ。だからこそ福田さんは、海獣トレーナーという彼女の仕事に誇りを持っているし、海獣たちも誇りを持ってショーを演じていると信じている。「トレーナーだけでお客さんに伝えられることなんてひとつもないんです。あの子たちといっしょだから伝えられます。それを、動物たちが知っていればいいのですけど。」
山里で犬やサルに囲まれて育った福田さんには、海との接点がなかった。海獣への興味もほとんどなかった彼女だが、小学五年生のときに運命的な出会いをする。遠足で訪れた水族館での怪獣ショーにすっかり心を奪われてしまったのだ。イルカやシャチたちの姿や能力に感動して、ひと目で好きになった。そして、トレーナーと海獣たちとの間にみえた、うらやましいほどの結びつきに憧れた。それ以来、彼女はドルフィントレーナーになるという夢を頑なに追い続けたが、それは決して楽なことではなかった。最初の難関は就職への狭き門だ。やっとの思いで仕事を手に入れても、そこからは長い下積み期間が待っている。華やかに見えるトレーナーの仕事も、裏ではきつくて汚れる仕事を次々とこなさなければならない。本書では、挫折を経験したときの彼女の心の動き、そして動物たちといっしょに問題を乗り越えたときの人と海獣との心のつながりが、木目細やかに描かれている。海獣トレーナーという仕事の本質を垣間見させてくれる文章は、水族館と海獣に精通する中村元氏ならではのものだろう。
かつて少女のころドルフィントレーナーにあこがれた女性が、夢に向かって突き進む姿。そして夢をつかんだ今では、水中の生き物もかけがえのない地球の仲間なのだと伝えるために全力を尽くす様子を、躍動感あふれる写真とともに語る本書には、言い知れないエネルギーが詰まっているように感じる。今を精一杯生きる動物たちとトレーナーの姿から元気をもらえる素晴らしい本なので、ぜひ一度、手にとってみてはいかがだろうか。
記事:福永